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子には親の悪いところが受け継がれる

 教訓とすべき言葉と個人への批判的な言葉の区別がつかない人が多いので,注意する必要があるが,武田鉄矢がテレビのワイドショー番組で語ったとされる「才能は遺伝しない」という二世タレントたちへの批判は,かねてより教師が保護者たちに訴えかけてきた(訴えたかった)ことでもある。

 教師として二十年も子どもや親と接してくると,子どもが抱えている「問題」の多くが親も同じように抱えていることに気づかされる(ここではもちろん「学力」のことをさしているわけではない)。

 そのせいかどうか知らないが,「二世」「三世」として活躍(しようと)している人たちを見ると,痛々しく感じることが多い。「こんな弱みを親も抱えていたのだ」と痛感させられてしまうことが多いせいでもある。

 もちろん,覚醒剤に手を出した子どもの親も,同じようなことをしているはずだ,なんて考える人はいないだろうが,一般人の親の子どもがそういう世界に近づいてしまうリスクはかなり低いものだろう。

 子育てに困った親が学校に来て,「子どもに言い聞かせてほしい」という言葉はそっくりそのまま,本人にお返ししたい,と言いたいことがたくさんある(が,もちろんほとんどのケースではそれは言えない)。

 ある程度,「親」としての成長が進むと,15年目くらい・・・つまり子どもが中3になったくらいで,「自分の子どもが自分によく似ている」ことに気づいたりもする。

 人間は成長過程で多くの苦しみを感じる生き物である。その苦しみを感じたことが,成長の糧になっている,ということくらい,成長した人間ならわかるはずなのだが,「二世」はその「苦しみ」の過程を通過しないですむ仕組みになっているとしたら,気の毒なことである。

 苦しみから遠ざかることは,教育の世界では「成長の終わり」を意味する。

 苦しみに直面させることこそが教育という世界の存在意義である。

 成長する人間を絶やさないために,こういう世界が必要なのである。

 実際には,その逆方向に流されようとしているのが教育の世界だが,これも「二世」「三世」のせいだ,というわかりやすい社会の仕組みがある。

 歌舞伎や能などの世界では,親がしてきた稽古をせずに,その世界を生きていくことはできない。

 プロスポーツの世界も同様だろう。

 可哀想なことに,親の七光りが通用してしまう世界がある。

 その世界が日本を「成長の終わり」に導かないようにするために,国民ができることを教えるのが教育である。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より