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11月9日 救急車の思い出

 大学時代,野球の公式戦に出場し,1回裏の攻撃で,打席に立っていた私は,3ボール2ストライクからファールで何球か粘っていた。相手の投手はブルペンから制球が定まらない様子だったのだが,私は四球ねらいはせず,打つ気満々で,ボール気味の球もカットしながらチャンスを待っていた。

 「インコース高めからのカーブが来た」と私は判断しようとしたのだが,「インコ」くらいのタイミングで,速球がそのまま私の左のこめかみを直撃した。

 ヘルメットの縁にあたり,それが左目の上から側頭部にかけてめり込んだためか,大きく裂けて血が流れ出した。

 頭部からの出血の量はおそろしいもので,「バッターボックスは血の海になっていた」と後で言われた。

 しばらく脳しんとうでぐったり倒れていたので,「死んだか?」と思った選手もいたかもしれない。

 担架ではなく,後輩におんぶされて,球場の外に運ばれた私が初めて乗車した救急車は,

 「こんなに揺れたら重病人は死んでしまうのではないか」と思うような乗り心地だった。
 
 そのときから30年近くがたち,体重が20kg以上も増えた昨年,私は再び救急車で病院に運ばれた。

 今度は息子が一緒に乗ってくれたが,意識は救急隊員が駆けつけてくれたときには回復していたので,それほど家族にも心配をかけないですんだ。30年前より,揺れも少なく,機材も整っていたように思う。

 どちらのケースでも,冷静な救急隊員の対応のおかげで,こちらの不安もかなり和らいだ記憶がある。

 
 これから日本もある程度の覚悟をしておかなければならないのは,地下鉄サリン事件のようなテロ行為である。

 負傷者を消防隊員だけでは助けきれないケースが出てくるかもしれない。

 こういうときに役に立てる人材を育成できるのはやはり学校である。

 避難訓練だけではなく,負傷者を運んだり,傷の応急手当をしたり,AEDを操作したりするような訓練も必要だろう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より