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11月27日 更正能力向上策

 サイボウズの「いいチームの日」記念,「2018年上半期チームワーク占い」というのが面白かった。

 日本の「偉人」が12人,「星座」ごとに設定されているのもなかなかである。

 牡羊座は「大きな器のリーダー」の役割を担うとして「聖徳太子」タイプとされ,

「アイデア力・創造性」が爆発! 斬新な新コンセプトやキャッチコピーを発想するなど、チームをさらに扇動する役割を果たせるでしょう。

>その経緯で、仕事をバリバリこなす実力者や膨大な情報も集まってきますが、だからといって「来るもの拒まず」はちょっと危険。良い意味で、「スルー力」が命運を握ると言っても過言ではありません。

>「真実・誠実」をキーワードに、集まってくるモノや人を振るいにかけ、チームワークを高めるものだけを選ぶのが最大の使命だと心して。

 というアドバイスが紹介されている。

 「聖徳太子」なのに「スルーすべきものはスルーせよ」とは,結構難しい注文がついているような気もするが・・・。

 さて,11月27日は「更正保護記念日」。

 刑務所から出所する人たちに対して,「偉人」だったら,どのような声をかけるだろうか。

 荒れた中学校を経験した教師なら,子どもたちの「立ち直り」の場面を何度も目にしてきただろう。

 どんな言葉が,どんなタイプの子どもに響いていったか。

 「偉人」の中には,「成功」のまま人生を終えたわけではなく,

 子どもでも同情が可能になるエピソードをもっている人がいる。

 「聖徳太子」の子がどうなったのか,なぜ「聖徳太子」と呼ばれることになったのか,

 なぜ「聖徳太子」が必要だったのか,こういう問いに向き合っていると,

 子どもたちの「立ち直り」のきっかけになる働きかけが見えてくる。

 最近は,自分が犯した過ちを認めようとしないしぶとさに辟易とする教師も多いだろうが,

 同じ過ちを何度も繰り返す子どもが抱えている問題に正面から向き合っていると,

 「どうみても大人の方が悪い」という結論に達することもある。

 子どもの視野が狭くなりすぎると,「大人」は目の前の自分だけになってしまうし,

 教師の視野が狭くなりすぎると,「大人」は子どもの親や同僚の教師だけになってしまう。

 歴史をともに語れる子どもと教師であれば,そんな枠組みは消えてなくなる。

 歴史にはストーリーがあるから,

 あなたには,「坂本龍馬」をイメージした活躍が待っている,などといった語りかけが可能になる。

 まだ「社会科」が存在しなかった戦前は,この「歴史」が全く別の役割を果たすことになった。

 戦後に生まれた「社会科」の中における「歴史」とはどうあるべきか。

 主役は「偉人」ではなく,あくまで「自分たち」であるという自覚をいかに持たせられるか。

 私がワークシートをつくって歴史を指導している理由がそこにある。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より