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11月25日 女子バレーと相撲界

 迫害される政治活動家は女性に限ったことではないが,国際社会全般では,やはり女性が社会の最前線に立つことは容易なことではなく,困難をものともせず堂々と主張を述べることができる女性に対しては,尊敬の念を持てる共通理解があるようだ。

 11月25日は「女性に対する暴力廃絶のための国際デー」である。

 「女性に対する暴力」という言葉を聞いて,学校の教師である私が最初に思い浮かぶのは,女子バレー部の顧問による体罰である。ほっぺたを引っぱたくくらいは,暴力ではない,という主張に私は同意しない。

 報道ではバスケットボール部の顧問による体罰が問題になっていたが,女子バレー部でそれが問題になってこなかったのは,そもそもボールを思いっきり人間に向かって打つというスポーツの特性も関係しているかもしれない。

 練習でスパイクしたボールが顔面に当たっても,プレーは続行しなければならない。

 もちろんだからといって,消極的なプレーをしたくらいで女子の頬を叩くような行為が,必要であるという理由にはならない。

 「今時そんなバレー部はない」とお叱りを受けるかもしれないが,本当にそうだろうか。

 相撲界の暴力問題が大きな話題になっているが,問題は先輩が後輩を,教師が生徒を,強い立場の者が弱い立場の者を殴るという構図が,当たり前のように起こりうる国であるという自覚をもつべきである。

 荒れた学校にいた経験がある人ならだれでもわかるだろうが,暴力を振るわされている人間がいることを忘れてはならない。

 最近はDVは夫が妻をという図式とは限らないようだが,絶対に暴力を振るってはいけない相手とは誰か,をしっかりと考える時間を持つべきだろう。

 もちろん,だれに対しても暴力を振るってはならないものである。ただその一歩手前のブレーキがきかない人に,何が必要なのかを真剣に考えてみてもよいだろう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より