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11月22日 「いい夫婦」の話ができない公立学校

 一人親の子どもへの配慮から,公立学校の一部では「いい夫婦」の話がしにくい。

 正直なところ,「家族」を道徳で扱う場合も授業は難しい。

 あるとき,道徳に対して強烈な反発を示していたのは,保護者が教師をつとめている中学生だった。

 「あんな奴(親のこと)が道徳を教えているなんて,この世の終わりだ」とわが子に言われる教師。

 「みんな似たり寄ったりだ」という説得も空しく,荒れまくる。

 最近の公立学校では,保護者の職業を聞かないのが当たり前になっているのだろうか。

 先入観を持たないですむのも大事かもしれないが,

 知らないままだと何かのはずみで子どもを傷つけていることに気づかないおそれもある。

 道徳の時間に明るい未来を空想してみたところで,「時間の無駄」と思える子どもも多いようだ。

 道徳に時間を費やしながら,「もっと先に別のやるべきことがあるだろう」と思っているのは,おそらく大多数の教師だろう。

 もちろん,道徳の時間が必要になるときもある。

 じっくりと自分を見つめ直す時間が必要なときがある。

 そういうときに悉皆の学力調査などを行う義務を負ったりする。

 カリキュラムマネジメントの邪魔をしているのはだれなのか。

 マネジメントできるほどの自由があるのか?

 今の管理職は,義務を果たしつつ,事故が起きないことを祈るばかりである。

 こういう人たちに,リスクを背負わせているのはだれなのか?

 会議室の中で,前線の兵士をいたぶる人はどんな気持ちがしているのだろう?

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より