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11月21日 テレビが勝つ 

 授業でパソコンの画面をプロジェクターでスクリーンに投影していた時期もあったが,

 52型以上のテレビがあれば,それで十分であることがわかり,今では教室で
 
 プロジェクターを使うことはほとんどなくなった。

 準備するものがパソコンだけですむので,テレビの勝利である。

 電子黒板など,さらに使いにくく,実用的なものではなくなっている。


 11月21日は,世界テレビ・デー。比較的新しくつくられた国際デーの一つである。

 世界の平和と安全,経済の発達,文化の交流など,テレビ番組が国境を超えて人々に与えている影響は大きい。

 日本のテレビ番組でも,外国の放送局がつくった番組の一部を放映しているものがある。

 「視点の違い」を楽しめるこうしたテレビ番組が,もっと増えることを期待している。

 海外に輸出されているアニメを筆頭とした日本の番組は,着実に増えているのではないか。

 テレビ番組のおかげだけではないと思うが,日本を訪れる外国人が年々増加しており,

 受け入れ体制の遅れが心配になっているようだ。

 その背景の一つになっているのが,日本の「外国語教育」だろう。

 「話せないから困る」というのが,一般的な日本人が共通して思っている不安である。

 まさかいまだに「外国人だから怖い」という「攘夷思想」を持っている人は少数だろうが,

 「急に英語で話しかけられても困る」という人は大卒でもかなりの割合いるだろう。

 実際に多くの外国人と接している人たちの声を聞くと,

 「案外,伝わるものだ」という楽観論もなくはない。

 私が設けてほしいテレビ番組の機能は,生放送では無理だろうが,

 録画なら「英語字幕」か「英語の翻訳音声」である。

 お笑い番組に英語版を重ねると,案外,英語を話そうとする人が

 増えるのではなかろうか。

 同時に,微妙なニュアンスを言葉で伝えるのは難しいものだから,

 ジェスチャーや表情が大事なのだ,

 という当たり前のことに気づく機会になればいい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より