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11月13日 うるしとJapan

 漆のことを英語でJapanというのは,江戸時代に日本の漆器がヨーロッパに輸出されていたため,と言われている。Chinaと呼ばれるのは,陶磁器である。

 11月13日は,漆関係者の間で,親方が職人に酒や菓子などを配って労をねぎらう日とされているらしい。

 そんな日は,漆業界以外にも広まっていいのではないか。

 ただ,尊敬もされていない上司が菓子を配り始めるのは逆効果になるかもしれない。もらった方は,圧力しか感じないかもしれない。菓子を配っ初めて尊敬されるのも,哀しいものだろう。 

 私の学校では,勤務時間外では茶やお菓子を楽しみながら会議をしたり,

 地方に出張した人が必ずお菓子の土産を配ってくれたりしているが,

 こういうことを禁止してしまう学校もあると思われる。

 サンタクロースには,毎月やってきてほしい気もする。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より