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11月11日 おそろいの日と黒髪指導

 11月11日も記念日の「特異日」である。

 漢字も含めて,文字の形状をもとに決まった日が圧倒的に多い。

 「十一」で「電池」,「磁石」,「鮭」,「1111」で「鏡日」,「もやし」,「煙突」,「チンアナゴ」,「箸」,「きりたんぽ」など。

 「始まり記念日」としては「チーズの日」「西陣の日」,「終わり記念日」としては「第一次世界大戦停戦記念日」=「平和記念日」がある。

 私が「いい日」として記憶にとどめておきたいのは,「おそろいの日」である。

 「同じもの(色違いも含む)を使う」ことによる「仲間意識」「連帯意識」「友情感覚」の向上について,日本は前向きである。

 「個性を重視する」といいながら,全員に制服を身にまとうことを強制する仕組みに問題があるものの,「制服を廃止すべき」という声が勝てない理由の一つだろう。

 「おそろい」という表現には,強制されているというニュアンスは含まれていない。

 また,40人という規模で「おそろい」である,という表現はしない。

 少人数か,一般的にはペアで「そろえる」ことが基本だろう。

 もし,生徒だけでなく,先生方も「おそろい」の服を着ていたら,どんな印象をもたれるだろう。

 せっかく好かれていた先生も,嫌われる対象になってしまうような気がする。

 嫌われている先生にとっては,逆にとてもありがたいことかもしれないが。

 教師は,生徒が「そろって黒髪である」「黒髪にそろえる」ことを願っているが,子どもたちの多くもそれを支持し,受け入れるようになっているのかもしれない。

 何かでそろえられることに抵抗感がない人間が増えることは,

 国として危険であることにも気づいてほしい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より