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11月10日 いいトイレを維持する力

 荒れた学校のすさまじいトイレを直接目にしたことがある人は,どのくらいいるだろう。

 ある学校では,トイレの修理費だけで大事な予算を使い切る,なんて事態に陥り,だれも「大」ができなくなった,という話まである。

 使って気分のよいトイレを維持するために,どのような教育をするべきだろうか。

 荒んだ家庭生活を送っている生徒の割合が多い学校では,「理想の家族との家庭生活」を模擬体験できる空間を作るために,生活環境に最大限の配慮をしていく。

 授業規律はもちろん,掃除指導にも力が入る。

 教職は,「家庭がダメで」などと嘆いてすませられる仕事ではない。

 「家庭生活を変えさせる」というくらいの指導の信念がほしい。

 ちょっと前が嘘のように落ち着いた中学校では,トイレの落書きが瞬時に報告され,写真を撮った後,一瞬のうちに消される。

 これから荒れ始める中学校では,落書きが広がって始めて「いついつにはこれだけの落書きだった」という寝ぼけた話が後から出てくる。

 生徒の下駄箱,トイレ,職員室の机の上。

 この3つを見れば,学校がよくわかる。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より