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« 人に「素直であれ」という人は素直なのか? | トップページ | 10月26日 原子力の日=反原子力デー »

「いじめ=32万件」はまだまだ少ない数字だろう

 自らの命を絶つ人をできるだけ減らしたい。小中学生は特に。

 社会で注目されやすいのは,「いじめ」が原因とされる子どもの自殺である。

 社会や学校,家庭でも,「いじめ」に対する関心はますます高まっていると言えるだろう。
 
 文科省が「いじめ」に該当するトラブルの定義を拡大していることもあって,

 2016年のいじめ認知件数が前年比43.8%増となった。

 言葉の定義を途中で変えると,統計から変化や推移を読み取ることができなくなっていくが,それはそれで一向にかまわない。

 どうせ全部を報告している暇がないのだから。

 さて,道徳の教科化のせいで,ますますいじめが増えていく,と予測している教育学者はどのくらいいるだろうか? 

 子どもの目を見ない教師が,子どもが何を学んだのかわからないのは当然である。
 

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より