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10月5日 教師の地位向上に関する勧告

 51年前の今日,ユネスコが世界教師デーを制定した。

 日本ではほとんど注目されない日の一つではなかろうか。

 下手に休日なんかにしたら,「この大事で忙しい時期に,なぜ休日を」と怒る教師が多いかもしれないし,

 国民から,教師に「ばっかり」なんでいい思いをさせるのか,というお叱りを受けるかもしれない。

 パプアニューギニアの先生たちと交流をもったときは,その「責任感」というか「使命感」というとても重厚な印象を抱いたものである。モチベーションの高い人たちと一緒にいることが,自分の能力を維持したり,高めたりするための有効な手段であることを実感する。

 日本の教師は優秀だ。そんな実感を簡単にもってもらうことはできない。放課後に部活動の指導をしている先生を紹介したときは,賞賛の拍手を下さった(相手を讃えるとき,感謝するときに,パプアニューギニアの方々は,拍手をしてくれる)。
 
 できれば,日本の教員や講師たちが起こしている,数々の品のない犯罪の報道が,海外に流出していないことを願いたい。

 平成のはじめの方から学校現場にいて,いつも感じるのは,誇りをもてないでいる教師の「地位」は,「地位」とは呼べないものだということである。

 給与面では,もし残業代が役所と同じくらい出たら,教員希望者が試験会場に殺到するようになると思ってしまうが,残業代が出なくても,教員というのはそれなりの収入が見込めるよい「地位」である。

 ただ,仕事が思うようにいかないことも多く,バッシングを受けやすい。

 核兵器に向かって竹槍で突っ込まされていくような仕事をしながら,「能力が足りない」と非難される。

 勝てる気のしない,成果の出る気のしない,やりがいの感じにくい仕事に対して,

 常に高いモチベーションを要求される。

 肉体面が3,精神面が7くらいの比率でハードな仕事である。

 教育環境が整っていない海外の学校でも,日本が震災にあったときには募金活動をしてくれた。

 日本の教育環境で,だれかを助けよう,困っている人のために,できるだけのことをしよう,と思ってくれる殊勝な子どもがどれくらい育てられているだろうか?

 「こころで感じる」「大事な価値に気づく」ことができればよしとされる学校で,実際の行動で「こころ」や「価値」を生み出している子どもはどのくらいいるだろうか?

 教師にとって,今より必要とされているものは何だろう?

 休みの時間なのか?

 より短い労働時間なのだろうか?

 やるべきことの量を減らされて,やる気のある教師のモチベーションを喪失させる政策の評価はだれがするのだろう?

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より