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10月4日 天使と透視と闘志

 10・4にたくさんの語呂があるとは思わなかった。

 とうし(投資)の日,てんし(天使)の日,いわし(鰯)の日,としび(都市美)=都市景観の日,・・・とふぉ(徒歩)の日は苦しいが・・・。

 一番魅力的なのは「天使の日」である。

 子どもの日から,約5ヶ月。

 子どもたちをしっかりと見守る1日でありたい。

 親による子殺しのニュースは最近耳にしていないが,マスコミが自粛しているのだろうか。

 子どもの寝顔が天使に見えない親がいるなんて想像できないが,

 親の愛情を知らないまま親になった人がどんな苦しみを抱いているかも想像できない。

 教育現場で,教師たちはよく「透視」を行う。

 今日は,どんな気分だろう。

 家で,またきついことがあったのか。

 ガードが堅い子どもの方が,ちょっとした声かけに対する反応がほんの少しだけ遅くなるのでわかりやすい。

 教師たちには,どのような「闘志」が必要だろうか。

 怠け心との闘い。

 子どもよりも自分を守ることを優先したがる心との闘い。

 問題行動との闘い。

 いつも近くに同僚がいるとは限らない。

 いつも近くに頼りになる子どもがいるとは限らない。

 教師は,子どもから放たれる光がどのように自分を通り過ぎていくかを見ながら1日の調子を整える。

 課題の多い1日になりそうだ。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より