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10月31日 なぜご先祖様が悪霊を連れてくるの?

 ケルト族の1年の終わりを,世界中の人がイベントとして楽しんでいるのが「ハロウィン」である。

 ご先祖様が悪霊と一緒にやって来てしまうのはなぜだろうか。それだけご先祖様たちが「悪いことをしてきた自覚」が自分たちにあるからだろうか?と意地悪に考えてしまうのが,「平和ボケ」した私たちの特徴である。

 永遠に「罪の意識」から逃れられない人たちを慰めてあげるためにも,「祝祭日」は必要である。

 先日,『レヴェナント』という映画をDVDで観た。

 主人公が熊に襲われる場面,馬の体内で寒さから身を守る場面,薄汚い白人たちが先住民と殺し合う場面がリアルで,近代を迎えたはずの世界で,狩猟採集の時代と同じような生活を送らざるを得ない人たちがいたかと思うと,今の安寧さが逆の呪いのようにも思えてきた。

 白人至上主義を掲げて集まっている人が住んでいる場所が,どういうところなのか。

 もしかしたらアメリカ人自身が自覚しないまま,生活しているかもしれない。

 アメリカの歴史教育のレベルの低さは,ある人が翻訳してくれた本を通してよくわかった。 

 アメリカの歴史学者が「エンパシーが大事」と言っているが,日本では鎌倉時代から娯楽の中でもそういう「教育」が行われてきた。

 日本では,わざわざ教育で扱わなくても,もともと能力として備わっている,と言ってもいいくらいに当たり前に存在するエンパシーだが,アメリカではわざわざそれを教育で扱わなくてはならない事情があるようだ。

 人種差別が当たり前のように残っている国が,唯一国としてまとまれる希望は何だったのか。

 国民がその希望を失ったとき,国はどうなるのだろうか。

 先住民から学ぶことが,まだいくらでもあるだろう。

 もっと言えば,他の国の文明から学ぶべきことを自覚できる教育をしてあげられることも大切だろう。

 さらに言えば,「遅れた国」の教育を輸入しようとする場合,自分が「進んでいる」と自覚しないですむような教育を日本でも忘れてはならない。

******************

 追記 キューバ出身の米大リーグ・グリエル選手が,ワールドシリーズ第3戦でアジア人を差別するようなしぐさをしたことで,来季開幕から5試合の出場停止などの処分が科せられた。大リーグ機構が人種差別に対して厳しい姿勢を示してくれることは,国としての希望でもある。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より