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10月28日 子どもの「メモ」力を鍛える

 耳から入ってきた情報を手で文字にして残す。

 今,記者たちが手にもっているのはICレコーダー。マイクをもつ芸能レポーターと同じようなものである。

 学校の授業もそのうち,「録音可」で「家庭学習に生かす」ことが可能になる時代が来るかもしれない。

 学力と言ったときには,示しているものが多すぎる(関心・意欲や態度までがこれに入ってしまっている)ため,ここでは「メモ力」のことを考えてみたい。「ノート力」でもいいかもしれない。

 私が通っていた中学校では,授業での教師の言葉,生徒の発言,お互いのやりとりをすべて記録し,次の授業までに教科の先生に提出する,という任務が出席番号順に回ってくる仕組みがあった。教科は国語,数学,理科で,社会科は除外されていた。

 「メモ力」を付けるのに,絶好の機会であると同時に,非常にキツイ任務であったことを思い出す。

 先生は,最後に書かれた「コメント」「感想」を授業のはじめに紹介してくれたが,この内容を聞くのが授業の楽しみの一つにもなり,苦労が報われた気がした。

 10月28日は「速記記念日」とされている。

 今の時代は,音声認識技術が向上して,コンピュータが音声を文字にしてくれる時代にまでなったので,「速記」の技術も不要になってくるかもしれないが,私は「速記」の仕事を絶やしてはならないと考えている。

 ただ文字化していけばよいのが「速記」ではない。そこには多くの「技術」がある。

 人間は,能力を高めると,効率を高めるために,高い能力の人ができることを,そうではない人でもできるような仕組みを開発してしまう。そうすると,能力を高めるためのプロセスが消滅て,苦労しなくても過去に能力が高い人がやったことと同じことができるようになってしまう。「技術」の利点と欠点がそこにある。

 「技術」は人の能力向上を助けるための役割も果たすが,

 場合によっては,能力を高めるための機会が失われ,高い能力を持つ人がいなくなっていくという問題も引き起こしている。

 それでは困ることが増えるので,やがて,また高い能力を身に付けるために努力をする人が出てきて・・・

 技術の進歩は人間の退化であった,と後の人が結論づけずにすむような社会にするために,学校教育は欠かせないものだとつくづく感じている。

 教師が黒板にきれいに文字を書き,それを生徒がノートに「書写」するだけの授業は,役に立たないのでやめるべきである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より