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10月27日 文字・活字文化の日に

 小池都知事は難しめのカタカナ語を多用するので嫌われている,と指摘した人がいるが,カタカナ語の量が増えてくると,何だか落ち着かなくなってしまう,というのは,どういう年齢層の人たちなのだろう。
 
 久しぶりに,カタカナ語が少ない『日本論~文字と言葉がつくった国』(講談社選書メチエ)という本を読んだ。

 日本の文字・活字文化の基本は「漢字」だろう,ということは,小学生でもわかる話である。

 今まで何度か,「漢字」の習得に費やされる時間の無駄が指摘され,ひらがな語だけにするとか,ローマ字にするとか,英語やフランス語にしてしまうとか,様々な提案がなされてきたことは知っている。

 以前にも書いたが,私の子どもはマス目が多いノートのマス目というマス目を漢字で埋め尽くさなければならない宿題が連日出されて,すっかり「漢字嫌い」になってしまった「学校教育の犠牲者」であるが,最近は「英語も嫌い」と言い始めて,手が付けられなくなっている。

 そのうち,中国のように,漢字の画数を減らす,略字推進への動きが見られるようになるかもしれないが,漢字の本家の中国で,気の抜けたような,というか,毛の抜け落ちたような文字が多いのを見るにつけ,「省エネもほどほどにした方が・・・」と心配になってしまう。

 イチローに限らず,プロとして活躍できる仕事が残せるようになるまで,選手たちは,小さいときから,どれくらい素振りをしてきたのだろう。バッティングセンターで,毎日どれくらいのボールを打ち返していたのだろう,と想像すると,「漢字くらい書けなくてどうする」と思うようになってしまうものだが・・・。

 英語については読書編で茂木さんの主張を紹介したが,国語教育についても,「習っていない漢字は漢字で表記しない」という方針が大間違いであることを指摘しておきたい。「習っていない漢字も漢字で表記する」ことの効用がわかる人がなぜいないのか,不思議である。

 さて,『日本論』に登場してくる昔の文部省批判は面白かったので,読書編で引用しておきたい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より