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10月26日 原子力の日=反原子力デー

 選挙の結果に安堵している人は多い。

 経済産業省や資源エネルギー庁もそういう人が属している組織の一つだろう。

 国のエネルギー政策の基本方針は,3E+Sで示されている。

 3Eはエネルギーの安定確保(自給率を上げる),環境負荷を減らす,経済効率を良くする,の3つである。

 S=安全性は別にエネルギー政策に限ったことではなく,どんな政策でも欠かせないものである。

 原子力発電は,3Eのすべてを満たす,という点で,100点満点で120点くらいがつくようなものかもしれないが,安全性の面で,「0点」というより・・・「マイナス1000点」をとってしまったために,「反原発」「原発ゼロ」という考えを排除できない状況になっている。

 10月26日を節目に,いつも「スタートの問題」に立ち返る必要があるかもしれない。

 基礎的な研究の基盤を抜きに原発を導入しようとしたことに,ノーベル賞をとった湯川秀樹は反対していた。

 その後も,「流行り病」のような「教育改革」の移り変わりを見ていると,日本は本当に原発を輸出する資格がある国なのかと懐疑的になってしまう。

 極めつけが,「データ改竄」を長く続けてきた製造業の企業の裏切りである。

 信用を失った組織や企業のおかげで,どれくらいの国益が損なわれていることだろう。

 原子力発電を推進するにしろ,反対するにしろ,相当のエネルギーが必要とされる。

 そのエネルギーの源泉は何だろう?
 
 まだ危機感がもてる意識レベルであることが,日本のせめてもの救いか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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