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制裁よりも大切なこと

 学校で生徒が問題行動を起こすと,決まって「制裁を与えないと気がすまない」タイプの教員が登場する。

 20年以上前は一瞬で終わる体罰でけりがついたのかもしれないが,今ではそうはいかない。

 体罰がだめなら,それ以外の方法で何とか制裁を与えたい。

 ただ,できそうな制裁が見当たらないから,イライライライラして,ブツブツ言っている。

 今は対教師暴力をするにも勇気がいるから,かなり挑発的な行動にでる教員が増えている。

 簡単な話だが,状況は悪い方にしか向かわない。

 当たり前の話だが,制裁よりも大切なことがある。

 自分自身に,自分がやったことに対して,正面から向き合わせること。

 これがとても難しい。制裁は簡単にできるが,教育はそう簡単にはいかない。

 制裁よりも,対話の継続。

 対話ができない教師が増えているから,制裁だのみの人間を減らすことが難しい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より