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9月21日 国際平和デーと国連総会での既視感

 国際連盟で演説を終えた松岡洋右が議場から去る様子を,授業では動画で生徒に見せていた。

 トランプ大統領の演説が始まる前(始まってから?)に,北朝鮮の国連大使が議場を出て行った様子が報道された。

 国際的な機関に背を向けた国に待っているものは何だろう。

 トランプ大統領の演説には,「おまけ」がついていた。

 北朝鮮の拉致問題にふれてくれたことを,日本側はとても歓迎しているようだ。

 「ロケットマン」と揶揄された側が,次に起こす行動は何だろう。
 
 私が読んだ新聞はどれも扱いが小さかった(1面ではふれていないものもあった)が,「完全な破壊」という言葉が見出しに使われていたのは日本経済新聞である。ヨーロッパの国々が対話に動き出すとの記事もあった。

 9月21日は国際平和デー。「世界の停戦と非暴力の日」に,当てつけのように行動を起こしてくるかもしれない。

 子どもたちにとっても,ニュースに関心が高まるきっかけとなった。

 不倫だの何だのというニュースより,大事な日本と世界の未来の話に耳を傾けられる大人が増えてほしい。

 子どもは大人の背中を見て育つ。

 北朝鮮の国連大使が置かれている立場に心を寄せる余裕もほしい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より