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9月15日 老人を働かせるための法律がある?

 「敬老の日」が設定された起源を知ることは,農業を知ることや,聖徳太子(厩戸王)の功績を知ることにもつながる。

 ハッピーマンデー制度の導入で,「敬老の日」が固定されなくなることへの反対意見もあったらしい。

 だから,9月15日が「老人の日」とされたのだが,「老人」というナマの言葉は,定義が65歳以上であるために感覚的に受け入れにくいなどの問題がある一方で,学校が休みにならない日が多くなるので,道徳教育のテーマとして授業で扱えるようになったという利点もある。

 ただ,「そんな歳なのに,現役で頑張っていることが素晴らしい」などといった,将来の年金政策の改定を視野に入れた「策略」も使いやすくなったという危惧もある。

 農閑期に疲れを癒し,労働に感謝するといった意味で,「勤労感謝の日」を増やすという構想をもつことは難しいだろうか。

 年に何回か,「勤労感謝の日」が来る。休日にするのではなくて,たとえば「パート労働者に関する日」は,特別ボーナスを支給する。

 パート労働者は,「休み」が増えてしまうと,単純に収入が減ってしまうわけだから,何でもかんでも「休日」にすればよい,というわけではない。

 勤め人が休みのときは,逆にパート労働者が休めない,という問題もある。

 祝日に仕事を休ませて,まとめてお金を使わせるという発想ではなく,普段からいつでも買い物ができるような政策の方が実利的ではないか。

 老人福祉法では,第3条に注目したい。

 老人が「働く機会」を得て,仕事をしながら収入をもらって感謝する,という時代が来るのだろうか・・・。

 ********************

第2条  
 老人は,多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として,かつ,豊富な知識と経験を有する者として敬愛されるとともに,生きがいを持てる健全で安らかな生活を保障されるものとする。

第3条  老人は,老齢に伴つて生ずる心身の変化を自覚して,常に心身の健康を保持し,又は,その知識と経験を活用して,社会的活動に参加するように努めるものとする。
 2  老人は,その希望と能力とに応じ,適当な仕事に従事する機会その他社会的活動に参加する機会を与えられるものとする。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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