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夢をもてる人間をなくすための教育法

 夢を叶えることは,難しいものである。

 簡単に叶えられてしまうようなことは,「夢」ではなかった,ということになる。

 大学教授になる,という「夢」を持つ子どもはいなくてもよいのだろうか。

 「高い地位はなれる人が限られており,競争に勝たないといけないから,そんな夢は持ってはいけません」と説得する教育者がいたら,どう思うだろう。

 「気がついたら大学教授になっていた」という人はいない。

 「気がついたら富士山の山頂に立っていた」という人がいないように。

 ほとんど身内しか読まない論文を大量生産して,やっと頂上まで上がれる人間はごく一部である。

 ポストがあくまで,低所得で我慢し続けなければならない立場の人が大学にはたくさんいる。

 ポストがあいても,自分が必ずそこに立てるとは限らない。

 「全員の夢を叶える」という発想自体がおろかな例は他にいくらでもあるだろう。

 「全員に夢を持たせる」ことはできる。

 しかし,そういう発想自体を持っていない人がいる。

 「全員を見捨てない」(実際には「オレの主張に賛同する人の子どもだけ」いう意味なのだが)という発想は,実際には「全員に夢を持たせないようにする」という意味となる。

 「1番になる」という夢は持たせない。

 「Aくんに勝つ」という夢も持たせない。

 「ここで優勝する」という夢も持たせない。

 競争=悪という思想を植え付ける。

 いまでもイデオロギーの亡霊が大学にさまよっているのは,

 ごく少数の「勝者」の側に立てた人間が,

 最後に残された承認欲求を満たそうと躍起になっているからである。

 共産主義の本場に行って,自分の教育法が通用するか,試してみてほしい。

 「自分のクラスの生徒だけを見捨てない」という発想の人間には,考えつきもしないことだろう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より