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正直で無責任な政治家は,好感度を保てる?

 内閣を構成する大臣たちの資質が疑われるとき,首相の任命責任も同時に問われるのだが,今の時代,子どもでも大臣の中には,「官僚の作文を読む人」「官僚のアドバイスがないと話せない人」がいることを,国会中継などを通して見抜いてしまっている。

 「自分にはその力がない」「担当する業務の内容に詳しくない」と自分から表明している人に,だれが期待をかけるのだろう。そもそも,すでに「大臣」に期待をかけるという感覚は日本では失われているのだろうか。

 野党から総攻撃を受けても,さすがに就任後すぐの失言で罷免したとあっては,任命者である首相の立場がない。

 「大臣は飾りに過ぎない」という子どもたちの印象を,どうやったら払拭できるのだろうか。

 今や,「あの大臣は,無知で無責任だけど,正直で好感が持てる」という人もいそうである。

 「嘘をつかない政治家」という姿が,とても新鮮な印象を与えている。

 公的な場では,「言い間違い」ではすまされないことが多々ある。

 だから,「書かれたものをシッカリ読む」ことも大事である。

 ただ,国民の多くは,政治家の「建前」は聞き飽きている。

 もっと「本音の言葉」を聞かせてくれる政治家の出現を待ちわびているのではないか。

 「医療費を削減するために,もっと皆さん,運動して健康な体を作りましょう!」なんていって,

 「運動しすぎて病気になったから,責任取ってくれ」と批判されたらたいへんだ・・・なんて思う人ばかりでは,だれも何も言えなくなってしまう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より