ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 代休がとれない | トップページ | 向かうところ,敵なし »

やはり,「一人も見捨てない」という言葉の正しい意味は,「俺以外の人間が見捨ててきた子どもは,俺は一人も見捨てない」という意味だった

 現在の教育システムは早く崩壊した方がよい,と主張する大学のセンセイがいます。

 退職が近づくにつれ,嫌気が指している今の大学やその同僚たちへの悪態の口数も,さらに増えてくるのでしょう。

 成績が上位2割と下位2割の子どもに,今の教育システムは対応していない。

 だから,崩壊してしまえ。

 この薬は,6割の人にしか効果がないから,捨ててしまえ。

 その代わりに,今まで薬が効かなかった4割の人に,もっと運動をさせろ。

 薬は使わない。

 ・・・薬をたとえに使うと,どこか「良さそうな感じ」もしてきますね。医療費の削減を大前提に考えるのであれば,6割の人を救ってきたものを廃棄して,救われなかった人たちには「自己責任」を押しつけてしまうという方法がとても魅力的に感じます。

 教育研究の専門家が怠ってきたというか,能力がなくて開発できなかったのは,

 「お金をかけて教育の成果を出す」という仕組みの提案です。

 タブレットを導入すれば,成績が上がる,などというのはただの幻想ですし,
 
 電子黒板を使えるのが,限られた教師の限られた授業では,意味をなさないでしょう。

 私が使ってみた感想から言えば,電子教科書も,今のシステムでは,現場ではほとんど機能しないでしょう。

 なぜなら,電子教科書は教師が使うことを前提に作られているからです。

 子どもが使うことを前提として電子教科書を作らないのは,なぜでしょうか。

 教科書会社の生命が脅かされるからでしょうか。

 紙の教科書は貸し出し方式にして,学校に備え付けにする。

 電子化された教科書に,アンダーラインを引いたり,自分で問題集化してしまったり,課題の答えを記入していったりするなど,「学習履歴」の電子データが逐一集まる仕組みをつくれば,本人確認さえしっかりできていれば,評価の手間も相当省けます。

 しかし,そういう提案を実現できる力のある政治家がいない。

 教員養成の仕事をしている人たちがやっていることは何でしょう。

 教材作成能力が鍛えられない教員養成系大学を出ても,現場の教師として役に立たないのです。

 社会学のまとめのプレゼンを頑張った人,歴史学の現地調査のレポートを上手に仕上げた人,統計学の課題を毎時間きちんとこなしていた人たちが,現場で活躍できるのです。

 これからの教育はこうでなくてはならない,一斉授業はこうだからだめだ,なんていう理想論を延々と一斉授業で聞いてきただけの人間は,現場では本当に役に立たないのです。

 私がかかわってきた優秀な教師たちはなぜか,教育学部以外の学部の出身の人ばかりです。

 そして,逆に,この人,ダメだな,現場では使いものにならないな,と感じる大学のセンセイは,みんな,教育学部の出身の人ばかりです。

 教育学部というところに,本質的な問題があることは,私の個人的な感覚からは明らかすぎることで,実はその世界に入って検証することが可能なチャンスがあったのですが,今ではそれが実現できないかったことにほっとしている次第です。関係者の方には,多大なご迷惑をおかけいたしました。心よりお詫び申し上げます。


にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 代休がとれない | トップページ | 向かうところ,敵なし »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

学習指導要領」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

リーダーシップ」カテゴリの記事

学習の評価」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

小中連携」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

『学び合い』」カテゴリの記事

アクティブ・ラーニング」カテゴリの記事

教員採用試験」カテゴリの記事

指導主事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 代休がとれない | トップページ | 向かうところ,敵なし »

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より