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学生に向かって「可愛い」と表現する気色悪い教員の始末

 地方によって,標準語でもそのニュアンスが異なるのは,仕方がないことだと思われるが,

 たとえば東京では,学生に向かって「可愛い」と表現すれば,当然セクハラになる。

 こういう気色悪い言葉を使う教員のいる教員養成系の大学では,どういう教員が養成できているのだろうか。ぜひ,セクハラで処分された教員たちの出身大学別累計を公表してもらって,誤解を払拭してほしい。

 一昔前に,ある女性教員から,「私の田舎では,セクハラなんて日常茶飯事」と耳にしたことがあるが,今でも同じなのだろうか。

 丙午の私にとって,両親や祖母からの刷り込みで,「女性(同級生)とは恐ろしいもの」という先入観があり,差別するどころの話ではなく,怒らせるとどうなるかわからない,という恐怖心の方が強い。

 敬っているように誤解してくれればその方がよい。実際にはいかに怒らせないですむかを必死に考えているのである。

 生理的に拒絶したい人間が,教員だった場合,学生や子どもはどうしたらいいのだろうか。

 どうして大風呂敷を広げさせようとしているのか。

 私は,生理的に拒絶したい人間を,拒絶しないですむために,必死に自分で暗示をかけている人間たちのように思えて仕方がない。いずれにしても教師失格なのだが。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より