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大学教授の「体罰」「パワハラ」の原因を考える

 教員になりたてのころ,初めて研究会に参加して知り合いになった先生が,私を後任として引っ張ってくれようとしたことがあった。当時はまだ,一本釣りで教員を確保することが可能な学校があった。

 この方が国立大学の先生になられた後,授業でふざけた態度をとった学生を投げ飛ばした,という話を人伝に聞いた。

 大学では「体罰」ではなく「暴行」と呼ぶようだが,そういうことができる先生に認められたことは嬉しく思っている。

 別の国立大学で同じようなことが起こって,すでに処分の内容も合わせて発表されている。

 マンガのように気合いが入ったセンセイなのか,ただのオッサンなのかはわからない。

 私の心配は,学生の側の問題ではなく,何かの成果を出すのを強制的に求められたり,どうでもいい書類を書かされたりしたストレスが原因ではないか,ということである。

 本当にどうでもいい事務的なことに費やされる時間が増えたのは,たいてい,「事故」のせいである。

 「事故」を防ぐために,「事故」が起こったとき以上の煩雑な手続きが必要になる。

 「事故」を防ぐためにしなければならない行動のストレスが,「事故」を生む。

 最悪の悪循環である。 

 国立大学の先生たちが今,不満たらたらであろうことが想像できる。

 でも,もしそれが原因で学生に八つ当たりしているようなら,やめていただきたい。

 また,どうしようもない学生には,単位を与えなければよいだけだ。

 公表しているポリシーに合っていない学生を取ったのが原因かもしれない。
 
 努力もせず,成果も出さずに学位がとれてしまうような大学は,国立でもつぶれた方がよい。

 停職期間中に「今の大学生はこんなだ」なんていう暴露本でも書いてくれれば,読んでみたくもある。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より