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保護者との面談は録音される時代に

 保護者が教員との面談の内容をICレコーダーなどで録音し,保護者間での情報共有の手段として利用される時代になった。

 いじめや体罰などの学校側の説明を録音する保護者も増えていくだろう。

 「飛び降りろ」発言の小学校教師と校長の謝罪の音声が,マスコミを通して公開されている。

 保護者が自らの判断で録音し,マスコミに情報提供したのか,

 マスコミがあらかじめICレコーダーを渡して,録音するように保護者に頼んだのか,

 そのあたりの事情は分からないが,こうしたやりとりは,

 たとえば保護者側が裁判を起こしたりするときの資料にする時代になっていくのだろう。

 学校の日常生活が「可聴化」されるのも時間の問題だろう。

 場合によってはカメラも設置され,「可視化」されるようになるのだろうか。

 日常的な声かけや面談の内容に関する情報をやりとりされて学校側が少しやりにくくなるのは,

 子どもの個性や現状を踏まえて,面談などの言葉を使い分けている場合である。

 ある子には「叱咤激励」し,ある子には「激励」だけする。

 「差別ではないか!」と批判されかねない。

 保護者の中には,自分の子どもに教師がかける言葉と,他人の子どもにかける言葉を比較したがる人がいる。

 過去に自分が体験した差別の経験が,子どもに対する「保護欲求」に結びついているのだろうか。

 私は面談を録音した経験がないが,「罪の意識,罪悪感を強く感じる」ことが録音しない理由である。

 会社でも,上司の言葉を部下がみんな録音する時代になることは,

 「働き方改革」にどのように寄与するのだろう。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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