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小学校に通わないのが当たり前の時代が来る?~英語で一流を育てる

>長い人生で,その単語をいま読み間違えたことは大きな問題ではありません。笑い飛ばせる余裕を持ちます。

 これは,読書編でご紹介した『英語で一流を育てる』(ダイヤモンド社)に掲載されている,「子育て完全保存版マニュアル! これだけ11のルール」のうちの一つです。  

 義務教育での本当の意味での学力向上が十分に果たせないでいる大きな原因の一つが,「知識の正確性重視」の教育です。

 「知識偏重」という表現は正しくありません。なぜなら,小学校や中学校で教える「知識」の量など,たいしたものではないからです。

 ただでさえ少ない「知識」のわずかな部分の「正解」を,大人数で確認し合うなど,愚の骨頂です。

 日本の学校教育が陥っているのは,少ない知識の「正確性」ばかりを重視する姿勢です。 

 たとえば,小学校では,送り仮名を間違えたり,漢字を書き間違えたりすると,「笑いもの」になります。

 正確な知識でないと,得点がとれず,評価されないのが日本の教育の特徴の一つです。

 表現されている内容の質よりも,表現された記述の正確性を重視するので,質が低くても,間違いがないだけで得点できてしまったりする。

 これを覆そうとすれば,「正しい教育改革」になり得ます。

 もし,改革が起こらず,「正確さ」だけを今まで通り追い求めて,漢字練習や英語のつづりの練習ばかり繰り返していることで,「頭が悪くなってしまう」ことに気づいた鋭い子どもや保護者が増えてくれば,小学校の教科の教育を受ける必要性を感じなくなっていくでしょう。

 「観点別評価」という,学力向上の妨げになる評価が,日本の教育のガンであり続けるかどうかも重要です。

 『英語で一流を育てる』で紹介されている「英語4技能」が身につく教材のように,

 4観点の学力が同時に身に付くような学習を進めていかない限り,真の学力向上はあり得ません。

 言葉は通じても,何かを間違えると笑いものにされるような環境より,

 言葉が通じなくても,何かをお互いに理解し合おうとする環境で学ぶ方が,学力が伸びる気がするのは当然のことでしょう。

 英語教育が,日本の小学校教育全体にどのような刺激を与えることができるか,今から注目です。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より