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「頭がいい人」とそうでない人は「別の生物」?

 教師を長年やっていると,同僚たちをはじめとして,教育関係者や保護者たちが,どんな基準で人間を区別・差別しているかを実感できる機会が多くなる。

 多くの場合,「頭がいい」「頭が悪い」「学習成績がよい」「学習成績が悪い」で人を区別しようとする人が多く,それが差別的言動になって表面化してくる。

 差別扱いされるのは,どちらか一方とは限らない。

 指導力のない教師の場合は,自分の言うことを素直に聞く人間と,聞かない人間に区別する。

 この場合は,言うことを聞かない人間は差別される。

 クラス替えのときに,露骨に「この子の担任はやりたくない」などというタイプの教師もいた。

 人は,生まれてから死ぬまで,本当に多くの人間から様々な影響を受けて生きていく。

 人間を区別したり,差別したりすることは,だれを通して学習するのだろうか。

 それはたいてい,指導力のない教師や会社の上司が元凶ではないか。

 そうでない教師や上司に出会えた人は,そう簡単に人間を差別しない。

 子どもにも差別をしない人間に育つよう,教育できるはずである。

 高校や大学レベルになると,もともと差別化され,選抜された人間が教育対象になるからか,小学校や中学校よりも露骨な差別を浴びる機会が増えるようだ。

 そういう環境で教師になるための勉強をした人は,教育現場に悪しき風習を持ち込まないように,注意してほしい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より