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規制緩和がもたらした地獄の世界

 TBSの報道特集で「運送屋さん」の大変な事情を知りました。

 草野球で一緒のチームにいた元自衛官や,二校目の学校で強い思い出に残る生徒の保護者が長距離トラック運転手さんだったことを思い出しました。

 「送料無料」につられてついついネットで買い物をしてしまう自分を戒めたくなるような内容でもありました。

 規制緩和は,国土交通省から言えば,「安くて便利になったんだから,いいじゃないか。国民のためになっている」という話になりますが,

 お互いに首を絞め合う結果になっている「運送屋さん」たちの立場で考えてみたら・・・。

 私は社会科の教材集めのために,車の長距離運転をすることがありますが,高速道路でもやはり神経を使って疲れます。
 
 激しい価格競争にさらされている運送業界では,運転手に高速料金の制限を設けて,一般道を走らざるを得ない状況をつくっているところもあることを知りました。

 長時間労働は「死」「事故」と隣り合わせの状況も生み出します。

 今日の報道特集では,「水屋さん」と呼ばれる,中間業者というか,「帰りの荷物を探してくれる人」の存在を知りました。「事故が怖いから,運転をやめ,水屋になったのかもしれない」という人もいました。

 運び手がいなくて困っている人と,荷物なしで運転する無駄を避けたい人をつなぎ「Win-WinーWin」の関係をつくるのが「水屋さん」ですが,この仕事の存在が配送料金のさらなる低下を招いているとも言えます。

 中学校の教師の私は,「水屋さん」というと教務部の時間割担当の仕事を思い出します。

 だれかの出張がわかっているときは,時間割を事前に変更できますが,当日の朝になって欠勤になるのがわかると,空き時間の先生から順番に当たっていき,「自習」にならないように時間割を急いで組み替えるのです。

 空き時間がある中学校の教師でも,たいていの時間は「予定」が入っています。

 生徒のノートや日記のチェックとコメント記入,次の授業のプリントの印刷,報告書の作成,会議の資料づくり,欠席の生徒への連絡,保健室にいる生徒の様子のチェック,などなど。

 だからお願いする側は,人から嫌われないタイプの教員でないとできません。

 調整能力が高い教員でないと,「いけません」「ダメです」と断れ続けて終わってしまう。

 もちろん,こういうときは同じ教科の教員や,同じ学年の教員がフォローするのも普通のことなのですが。

 話を戻します。

 「便利な世の中になった」ことを知ることも大切。

 ただ,「それは,何と引き替えに?」と問う姿勢を育てることも大切でしょう。

 運送業だけの問題ではないはずです。

 「一人も見捨てない」なんて抽象的な信念ではなく,

 「重要な問題は一つも見逃さない」という実践的な態度が必要なのが教育現場です。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より