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新聞による「印象操作」の逆効果

 首相と昵懇の間柄にある人物が起こした問題への関心は低く,敵対する人物への関心は高い。

 「政治の透明化」を果たそうとすると,「守秘義務違反」に問われて処罰されてしまう国を民主化するためにはどうしたらよいのか。

 首相が国会で「この新聞を読めばわかる」と名指しした特定の新聞社のおかげで,「印象操作」と相手を非難する人間を支持している側の方が,よほど「印象操作」をしている「印象」が国民の間に広がろうとしている。

 新聞社のこうしたとてもわかりやすい態度が,強すぎる政権の「流れ」を変えるきっかけになるかどうか。

 大金を使って選手を集めても全く成果が出せない弱すぎる巨人のように,報道機関が見切られる日は来るだろうか。

 新聞社内でも,「忖度」の問題を報道する側が「忖度」の主体となってどうするのか?という疑問を持っている人がいるに違いないし,

 「前川の乱」が「文科省の乱」に,そして「反内閣府連合」に発展しそうな雰囲気も感じられる。

 日本がいつの間にかどこかの国にそっくりになっていることに多くの国民が気づいたときには,手遅れになっているかもしれない。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より