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ほくそ笑む人を想像して安心している人へ

 「ほくそ笑む」という言葉は,悪巧みをしている人が「してやったり」と思っているような姿を想像してしまいますが,その語源をたどると,ただの「笑み」ではないことに気づかされます。

 「ほくそ」は「北叟(ほくそう)」のことで,「北叟」とは「人間万事塞翁が馬」の「塞翁」のこと。

 不幸だと思っていたことが幸福をもたらし,幸福だと思っていたことが不幸をもたらす。

 そういう「予言」は,人間の心の隙を戒めたり,失望から人を救ったりすることができます。

 良い話を聞いたときは,素直に微笑む。

 良くない話を聞いたときは,考えをめぐらせて,良い方向への変化を願い,やはり,微笑む。

 こういう余裕のある人間になりたいと思いますが,現実社会は厳しいことばかりで,

 楽観的ではいられない。 

 教育現場では,よく「結果オーライ」という現象が起こります。

 「失敗に終わるはずの状況で,成功に終わる」

 「目標に達成できないはずの状況で,達成して終わる」

 たとえば野球を例にとると,ピッチャーからの牽制球で飛び出したランナーをさそうとした守備側が暴投して進塁してしまう,というようなケース,バントを2回失敗して2ストライクになったので打たせたらヒットになった,などなど。

 視野が狭く,子どもに関する情報交換を行う機会が少ない(か,ない)学校では,取り返しのつかないところまで事態が進展してから,みんなが知る,ということがよく起こります。

 こういう学校の教師が,自分の視野だけでなく,子どもたちの視野をも狭めることになるような「失敗」とは,「見えないはずのものを見た気になっている」という状況です。

 宗教と同じです。「信じ込ませること」で人を動かそうとする。

 自分が「信じ込んでいること」が,ものを見えなくしているということに気づけない人は,

 ほくそ笑んでいる教祖の姿を見て,きっと安心感を抱いていることでしょう。

 それでよいのですか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より