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選挙が違憲だと,国民審査が機能しなくなる?

 教育出版から出されている冊子に,意味不明な社会科の授業の実践が掲載されていた。

 「選挙が違憲だと何が問題なのか?」

 という問いを立て,子どもがこう答えていく授業が,「批判的思考力を高める」ことになるという。

 「国会議員を選ぶ過程に,憲法違反があったとしたらどうなるか?」

 「選ばれた国会議員が違憲状態で選ばれたことになってしまう」

 「この影響は,立法だけだろうか?」

 「国会は,内閣総理大臣を指名するので,指名された国会議員も違憲状態で選ばれたことになってしまう」(???)

 「内閣は,最高裁判所長官を指名するので,そこにも問題が拡大する。」(????)

 「裁判所は違憲審査ができるが,国会や内閣が機能しなくなることも問題である。」(?????)

 「国民は,国民審査で最高裁判所の裁判官を審査する権利を持っているが,それが十分に機能しているかわからないことも問題である」(??????)

 こうして,

 「一票の格差」は,「三権すべてに関わる問題であり,さらには現代の民主政治を揺るがす問題であるという認識に変容させることができる」という。

 国会や内閣までは理解できなくはないが,なぜ違憲判決を出した裁判所や,最高裁判所の裁判官を審査する国民までが「問題視」されなければならないのか,全くわからない。

 よくこんな文章が原稿になって公開されているなと驚いてしまう。

 教育出版という会社は,教科書をつくっているところであるが,こういう原稿のチェック機能は働かないのだろうか?

 「選挙が違憲だと何が問題か」を考えるとき,たとえば安保法制に反対していた人々が,「そもそも違憲状態で選ばれた国会議員に立法資格なし」と主張していたことを思い出させる。こういう主張を生徒がするならまだわからないでもない。

 一方で,「一票の格差」を本当になくしてしまった選挙区になったら,どんな課題があるのかも考えさせるべきだろう。

 「きちんとした選挙制度」とは,単純に一票の格差が規定以下の選挙のことであって,地方の議員はどんどん少なくなってよい,という捉え方でよいのかどうか。

 教室内でだれからも疑問や反対意見が出されるわけでもなく,論理的なつながりや実際の政治の諸問題にふれることなく,AがだめならBもだめ,BがだめならCもだめ・・・などと生徒の発言を誘導するかのような授業では,「生徒自らが,よりよい社会を築くために考えていけるようにする」ことは不可能である。

 あまりに酷すぎて,悲しい気持ちになる。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より