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「徳」より「得」に訴えかけて「政治」をする人間

 現在の代議制は,本当の民主制ではなく,選挙で選ばれた寡頭制にすぎない,という考え方がある。

 だから,直接民主制を取り入れる部分を増やすことが,本当の民主制を守るためには必要なのだと。

 実際に,コストを度外視して,直接民主制の機会を増やしている国がある。

 国民自らがそれを望んでいることが必要である。

 日本は大丈夫なのか。

 国レベルではなく,地方レベルで見たらどうか。

 トップにいる人間が,ただ「お上」の指示に従うのが得意なだけの,「政治屋」だったら。

 「徳」よりお「得」感が大事,なんていう人間だったら。

 封建社会と全く同じになってしまう。

 封建制のもとでは,「徳治政治」が行われて,それなりに評価できる時代があったかもしれない。

 しかし,「徳」を「お上」が押しつけてくるようでは,本当の「徳治政治」にはなっていかない。

 選挙をする人間たちが自分自身の「得」だけを求めて行動する社会をつくったのは,

 「お上」か,自分たち自身なのか。

 ある大学では「自治」機能が全く働かない仕組みになってしまった理由がよくわかった。

 汚れ役やお上への上納を進んで買って出る人間が上の立場になってしまったときが,その組織の終わりのときだろう。

 次に「苦労する」立場の押し付け合いが始まるのである。

 「だれが得させてやったんだ」という恫喝も始まるかもしれない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より