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「あいつは自分のことしか考えていないやつだ」は「悪口」か?

 「先生,相談があります。××くんが,僕の悪口ばかり言うんですよ」

 「どんな?」

 「自分のことしか考えていない」

 「人の話を聞かない」

 「自分と違う考えを認めない」

 「証拠を示さないくせに証拠があるんだと言い張る」

 「高圧的な話し方だ」

 「それから・・」

 「みんな正しいことですか」
 
 「そうですね」

 「どうしてそういうことを言ってくるんでしょう」

 「自分のことではなく,他人のことを考えて,ときにはクラスの仕事を優先してほしいから?」

 「人の話を聞いてほしいから?」

 「自分と違う考えも,検討してほしいから?」

 「証拠を示してほしいから?」

 「穏やかな話し方をしてほしいから?」

 「なるほど,そうなんじゃない?」

 「はあ・・・」

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より