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SAPIXの先生が教えてくれた,「通っても意味がないレベルのクラス」

 私の子どもが通っている塾(SAPIX)から,ときどき電話がかかってきます。

 今までは,「よくやっている」という内容の連絡でしたが,今日は「正答率が50%以上なのに間違えた問題を,自宅で勉強させろ」という指示の電話でした。

 「今のままだと,どこかに合格しても,進学した学校で,他の子はこんなにできるんだとショックを受けることになる」という脅し文句つきでした。

 もともとできる子が集まっている進学塾というところは,教えている人の競争も激しいのかもしれません。

 こいつが教えたクラスはテストの結果が悪くなる,というデータもはっきりと存在するのでしょう。

 進学塾には,塾の子どもたちの「正答率」という,問題の難易度や子どもの理解度を測るための絶対的な数値データが蓄積しています。

 「正答率が高い問題を間違えるのはおかしい」という論理はわからないでもありませんが,そうやって子どもにプレッシャーをかける教師に疑問を抱いたので,

 「どのくらいのクラスから下の子が塾をやめていくのですか?」

 と聞いたところ,答えたのは私の子どもの所属しているところよりは下のクラスでした。

 「そのクラスまで下がると,塾に通う意味はないのですね」と聞くと,

 「いい学校に合格することが難しくなることに気づくからでしょう」という趣旨のことを言っていました。

 進学塾には,子どもの側からすると,「いても意味がない」子どもがたくさん通わせられているわけですね。

 進学塾の方から辞めさせるという選択肢をとらない理由は,言うまでもないでしょう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より