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教育管理職試験の面接はどうなっているのか?

 前事務次官の告発を聞いて,ふと,あることの現状はどうなっているか興味を持ったことがある。

 教育管理職試験の面接である。

 15年以上前に,私が教育管理職試験を受けたころ,事前に区の校長会の先生方に模擬面接をしていただいたことがあった。そのとき,

 「もし校長から,とても納得できない指示を下されたときは,どうするか?」

 という趣旨の質問があった。

 「上司の命に忠実に従う」ことが地方公務員法第32条に規定されている。

 そのことを踏まえ,私は,「納得できないような指示が下されることはないと信じるが,向いている方向が基本的に同じなら,別の方法を提案する可能性がある」と答えた。

 面接練習が終わった後の評価で,「指示に従いますと答えるのが基本だ」と言われた記憶がある。

 一方で,「指導主事に向いているかもしれない」との評価ももらった。

 実際に試験にパスして指導主事になってしまったわけだが,教育管理職試験には校長会からの推薦の影響もあるらしいから,あのときの言葉で決まった可能性もゼロとは言えないだろう。

 私の「心配」は,今も似たような質問が行われているかどうか,ということである。

 「法律は軽視してでも,首相官邸や総理の意向に背いてはいけないのだ」という「空気」が霞ヶ関にはあるに違いない。

 実効性のある圧力を加えるときの常套文句だったことが想像できる。

 似たようなことが,国だけでなく,自治体でもまかり通っているところがあるのではないか。

 東京都の場合も,似たような問題による影響がまだ尾を引いている。

 私が指導主事を辞めた理由は単純で,現在赴任中の学校にうつるためだったが,もう少し長くいたら,本当に「辞めたいから辞める」結果になったかもしれない。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より