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義務感を持たせて死亡率が2倍に

 政治家の中には,自分の命を狙われることなど何とも思わず,言うべきことを言ってきた人がたくさんいる。

 人の命がどうなろうとお構いなし,という政治家も,もちろんいた。

 自分の信念を貫くために,平気で嘘をつく政治家もいるが,神様と個人が直接対峙しにくい日本には,そういう人間を許容する緩い文化がある。

 ただ,子どもの将来にかかわることについては,いたずらに危機感を煽り,「おれたちの仲間だけが救世主だ」みたいな言動は慎んでいただきたい。


 貴族という特権や階級社会そのものを認めさせるために考え出された「高貴なる者の義務」という用語。

 第一次世界大戦でイギリス貴族の多くの若者が犠牲になり,イギリス貴族を没落させる結果になったことは,歴史の皮肉である。

 子どもの教育に熱意をもって仕事をさせようとすれば,1日24時間では足りなくなる。

 48時間くらいかかることを効率を上げて,毎日16時間くらいで終わらせる努力している教師たちにとっては,間近に迫っているかもしれない「死」を意識するゆとりもない。

 自分自身の子どもがいない若いうちは,いくらでも時間があるから,とにかく自分ができることはすべてやり尽くす,という姿勢が続く教師も少なくない。

 一方で,「自分の時間が大事」と10時間足らずで帰宅していく幸せな若者たちもいるが,そういう教師を恨むつもりは毛頭ない。

 なぜそういう教師を許せるのかというと,子どもたちに「いろいろな大人がいる」ことを知ってもらいたいという願いがあるからである。

 机にかじりついて,子どもの作品にコメントを書き続けている教師もいれば,子どもが帰った放課後のテニスコートで汗を流している教師たちもいる。さっさと学校を出てパチンコにいく教師もいる。

 義務感なり責任感でいっぱいになった大人ほど,子どもたちにとって頼りがいのある対象はいないが,同時に,鬱陶しい存在でもある。

 社会では,本当の使命感をもって仕事に臨んでいる人は,そんなに多くはない,ということを知ることも大切だ。

 自分が責任をとらされたくないために,部下に義務感を高めるようなプレッシャーをかける人間がいるのを知ることも大切である。

 義務感や責任感を強めさせるために,プレッシャーをかけるだけの人間は気楽なものである。

 戦地に若い兵士を送り出すとき,自分が上官だったら,どんな言葉が適切だろうか。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より