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中学校の先生は,同時にいくつの仕事を進めているか

 学校の先生には,給料にわずかですが調整手当がついてしまっているために,日常的な「残業」という概念は存在しません。

 だから長時間勤務が常態化する,という考え方があるのはうなずけます。

 ごくわずかな調整手当分も「労働なしでもらえる」ように,必死に勤務時間内で仕事を終えて帰ろうとするツワモノが出てくるのはその反動でしょうか。

 教師の「責任」が重いのは当たり前で,公務員=全体の奉仕者としての自覚と能力がない人は,採用されていないはずですので,大部分の教師は「使命感」「責任感」をもって勤務時間が過ぎても「やるべきこと」をやり終えるために学校に残っているのです。だれかの体調が悪いときは,その仕事を喜んで肩代わりし,だれかが心に変調をきたした場合は,一度学校の外で食事をしながら励ましたりしてから,また職場に戻って仕事を続けるのです。

 「責任」は重いけど,学校内でしなければならない「仕事」は少ない,というのは校長だけに限ったことで,副校長を頂点に,とにかくたくさん「仕事」があります。一般的な教師が4月に行っている仕事を書き出すと,どれくらいの量になるでしょうか。

 仕事の種類だけを書き出してみても,次のようなジャンルがあります。どれか1つだけやっていればよい,というわけではなく,基本的にはすべての教師がかかわらなければならない仕事です。

○教務関係(防災,安全指導を含む)

○生活指導関係(いじめ対策,ネチケット関係を含む)

○研修・研究関係(研究発表,初任者研修,免許更新講習などを含む)

○学校行事(宿泊行事も含む)関係

○部活動関係

○教科指導関係

○道徳指導関係

○総合的な学習の時間の指導関係

○学年経営関係

○学級経営関係

○保護者会関係

 4月には,これらすべての年間計画が頭に入った状態で仕事を始めなければなりませんが,新しいメンバーが加わってから決められる内容もあるので,「プラン」づくりと「アクション」が同時に進められる状態にあるのが4月です。

 始業式と入学式が始まるまでの5日間くらいで,すべての準備を整えるのは至難の業です。4月当初に,今年度のように土日が入ってしまうと地獄になります。

 学校の先生にあてはまる「5月病」は,怒濤のような4月過ぎて,連休を迎え,少し気が緩んだあとに再び「仕事の山」に襲われる恐怖心が原因になることも考えられます。

 ある程度,経験年数を重ねてくると,外部の委員を引き受ける機会も多くなるでしょう。

 仕事はさらに増えるわけですが,学校の外の仕事をする方が逆に息抜きになっていい,という考え方もできます。

 仕事量の「見える化」の研究をしてみようと思ったこともありますが,恐ろしい個人差が表面化してしまうと,新たな給与体系の創出につながりかねず,やめました。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より