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自分への執着<他者への関心

 「自意識過剰」というときの「自意識」の中には,自己愛に基づく「自己満足」が占めているものをすぐに思い浮かべてしまいますが,「自己嫌悪」がほとんどを占めている人もいます。

 自分に自信がある人は行動を示すことで,自己の欲求を満たすことができますが,

 自分に自信がない人は,行動に移せないという悩みをもっているものです。

 アドラー心理学では,後者のタイプの人に,次のようなアドバイスが用意されているそうです。

 無理に自己肯定する必要はない。

 人は,与えられているものを活用していくしかない。

 人にとって大切なのは,何が与えられているかではなく,

 与えられたものをどう活用するかである。

 活用しなければ何にもならないわけだし,

 いきなり「完全」を求めても無理な相談である。

 だから,「肯定的なあきらめ」が必要だ。

 今はできないことがある。それを受け入れろ。

 「自己受容」が第一段階である。

 今与えられているもので,できることをしろ。

 自分に足りないのは能力ではなく,

 今できることをしようとする勇気である。

 ・・・・という話を聞いても,「私にはその勇気がない」という人は多いはず。

 自分のことだけに目を向けていては,進まないのが人間関係です。

 「勇気がわかない」最大の原因は何でしょうか?

 それは,相手が自分を受け入れてくれるかどうか,懐疑的であることです。

 言い換えると,相手を信頼していないのです。

 行動に移せない最大の原因は,「自己嫌悪」ではなく,「他者嫌悪」である可能性もかなりあります。

 悩みは尽きない。

 でも,こういう悩みを抱いているということは,

 他人との「深い」関係を築こうとしている証拠なのかもしれません。

 他人との「深い」関係を築くには,相手を信頼すること,

 相手のために自分の力を尽くすこと,この2つが大きな武器になることは理解できるでしょう。

 自分への執着がなくなったときには,悩んでいたことも忘れてしまっているかもしれません。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より