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大学評価・学位授与機構からの訪問

 大学評価・学位授与機構という組織からこのブログへのアクセスがあった。
 
 何をどう間違えて迷い込んでしまったのかと思ってみたが,私のブログは,教員の評価に関することも記事にしている。
 
 教員の評価について,最も厳しい基準を設けているのは,私が自分自身に対して使っているコンピテンシーモデルである。これを他人に押しつけようとは思わないが,私がもし管理職になってしまっていたら,泣く人がたくさん生まれたかもしれない。

 大学評価・学位授与機構とは,どういうものなのか,確かめてみたら,平成25年度には人件費だけで数億円が使われている組織だということがわかった。

 
 Aという大学とZという大学があったとする。

 Aは偏差値65以上でないと入学できない。

 Zは偏差値40以下でも入れる。

 この2つの大学が出している「学位」の質が,同じものであると考える人はいないだろう。

 もちろん,Z大学の質が低いと断言しているわけではないが,「卒論」を読んでチェックするだけでわかるはずである。

 ある地方大学のセンセイは,Zなんていう大学は潰せと主張しているが,そもそも大学進学率の高さを見れば,日本の大学の「学位」がいかにチープなものかは容易に想像がつくというものである。

 理系ではデータ改竄とかコピペとかいろいろな不正な論文が見つけやすいかもしれないが,文系ではそもそも私のような人間でも論文の査読をしているくらいだから,・・・・これくらいにしておこう。

 評価というのは,いくらでも「作文」で良く見せたり悪い部分を隠したりができるものである。

 だから,「ここを見られるのが一番キツイ」という部分を大学ごとにしっかりと見破って,「事前の準備を一切させない抜き打ち評価」を行うのがベストではないかと思われる。

 事前に情報が漏れないように,「再就職」は一切禁止とするか,情報漏洩の罪を強烈に重くしておく。

 かつて,T大臣がある大学の認可を取り消そうとしたことがあったが,これからは,1つ増やすときには2つ潰すとか,「交付金・補助金を減らす努力」をしてみるのも大事だろう。

 さて,機構の本来の業務とは無関係かもしれないが,私は教員免許取得の条件が,大学によって違いすぎることは大きな問題だと考えている。

 大学の授業やテストも問題かもしれないが,最大の問題は,教育実習校で,現場の教師が評価の責任を持っていることである。

 評価は本当に難しい。評価が適正に行われているかどうかを確かめるための,

 「大学評価・学位授与機構」評価機構も必要なのかもしれない。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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