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3年間の行政経験をふり返って

 行政に身を置いていたのはもう10年以上も前のことだが,

 新しいことを始める難しさを2つの意味から実感することができた。

 一つは,前例のないことに取り組むための準備の大変さ。

 もう一つは,反対意見を押し切って強引に進めることの非情さ。

 これらには,共通した「背骨」がある。

 隙のない「文書」の山である。

 非効率の象徴のようなお役所には,

 効率などといったものに全く価値を置かない山のような「想定問答の紙」がある。

 何人もの目を通してつくられた「想定問答集」は,

 だれからも質問が出ないでそのまま机にしまわれる運命のものもあるが,

 ここに様々な「英知」が詰め込まれているものだと思ってもよい。

 どうせなら,問答集をそのまま公開すべきだと思うタイプの人間が私だった。

 非効率,杓子定規,縦割り,などと揶揄されるお役所仕事だが,

 最近,「お役所仕事気取り」で行政の真似事をしようとする人が増えている気がする。

 とんでもないことである。

 「文書」がどのような意味をもっているか,それがつくられるまでにどのような法令や答申や審議中の意見の山に目が通されているか,経験のない人には想像もできないかもしれないが,それがわからない人が「なんちゃって文書」を作っても,何の意味もないことを実感していただきたい。

 「文書」のための「文書」という嫌な言い方もあるが,

 そこには2つの意味がある。

 カッコをつけたいだけの場合。

 「背骨」の位置を忘れないためにある場合。

 背骨のない魚がうようよ泳ぎ出して流されていく先にあるものは,何だろう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より