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NHKドラマ『精霊の守り人』が守れなかったもの

 いつの間にか,『精霊の守り人』シーズン2が最終回を迎えていたらしい(見逃してしまった)。

 視聴率も6%と低かったようで,気の毒に主演女優の「大爆死作」という穏やかではないコメントが寄せられている。

 主演女優にとって,『精霊』が『悪霊』になりかねない事態だという。

 最初のシリーズを家族が楽しみに視聴していたので,少し間があいて始まったシーズン2も何度か見ていたが,ストーリーがつまらないために誰も見なくなってしまった。

 ミスマッチは,ストーリーの壮大さとアクション(戦い)のショボさだけにあるわけではない。

 ゲームで言えば,「クソゲー」と子どもがゴミ箱に捨てかねない出来だったのではないか。
 
 お金がかかっているのはわかるが,すべてにわたって中途半端であり,「視聴料泥棒」と叫びたくなるほどだった。

 ドラマ制作現場の実態を関係者から直接聞いたこともあるし,記者による取材の内容も読んだことがあるが,今の「政治」の流れによって,もし「労働時間」のことであーだこーだ言われたら,何もいいものはできてこないような気がする。

 教師には「手当」がないので「残業」という仕事の種類はないが,人から頼まれなくても遅くまで学校に残り,生徒のノートにコメントを書いて励まそうとしている教師,次の日の教材を準備している教師,学級・学年だよりをつくっている教師などが一定数いる。

 こういう先生を「さっさと帰宅してください」と言いかねない管理職が生まれてきそうで恐い。

 寝ている時間以外はほとんどすべて勤務時間という生活を送っている教師への逆風は,教育の仕事を根っこから腐らせかねない威力をもっている。

 やる気のある人たちの気持ちをくじく政策が,なぜ実行されようとしているかの理由はわかる。

 若者の自殺というのは,とても痛ましい最悪の結果だった。

 しかし・・・。

 世の中には,「こうやって仕事をすれば,勤務時間が終わってすぐに帰宅できますよ」なんていう,明らかに勤務時間外につくった本を出版しているセンセイもいるが,そんな時間があれば,どうして子どものめんどうを見ようと思わないのか?という反撃を加えることもできない空気になってきた。

 テレビの「視聴率」にあたる数字が,もし教師にとっての「学力検査の得点」だったとしたら・・・。

 一定の得点をとらせている(ほとんど塾のおかげということは置いておき)教師が,堂々と,さっさと家に帰る姿を想像するだけで吐き気を催すと同時に,

 なかなか得点が伸びないなか,あの手この手で子どもたちのやる気を引き出そうと努力している教師が「早く帰れ」というプレッシャーを受けることにも,我慢ができない。

 管理職に昇進しない方がよい,刑事ドラマの刑事さんのような教師が現場にいることをわかってほしいと思う。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より