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教育への情熱は,どこに消えたのか?

 教育論・教育問題を語る意味は,どこにあるのでしょうか?

 子どもの教育のために,真剣に語れる教師は今,どのくらいいるでしょう。

 教育への情熱を語りにくい情勢があるのは確かです。

 定時に帰り,個人の時間を大事にすることが大事な人や

 家事や育児のために担任をもっていない人と,

 何時まででも学校に残り,次の日の授業の準備をしている人を比べてしまうことはタブーです。

 部活動の指導の能力も意欲もない人と,

 大学時代まで自分がやってきた種目を子どもに教えている人を比べることもタブーです。

 いかにも楽に指導ができそうな「すぐ役立つ本」ばかり読んで,

 ろくに教材研究をしない人と,

 専門書を自費で買い,教科書や指導書が何を省いてしまっているのかを突き止めようとする人を比べることはタブーです。

 教育現場では,真面目に教育に取り組むための空気感が欠けているところがあります。

 職員室に帰ると「息抜き」しかしないようなおしゃべりな人と,

 生徒の記録ノートや生活ノートにびっしりコメントを書き込む人を比べることもタブーです。

 教育への情熱を感じられない現場教師がいる以上,

 「真面目な人」は生きにくく,いつ足を引っ張られるか,気が気でないのが教育現場です。

 なぜこんな状況になってしまったのかは,教育に関係してきた人たちのブログを拾い読みするだけでよくわかります。

 怨念の渦巻く空気の中で,もし,だれの助けも得られないで困っている人がいたら・・・

 教育長ならどうしますか?


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より