ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 小学校による子どもの違い | トップページ | 注目を浴びたい子どもがすること »

ブログ上での非難と告白

 何度も登場するのでおなじみの話だが,世の中には,怒りを生きがいにしている人がいる。

 とても気の毒なことは何かというと,憤っている相手の描写が,自分自身にぴったり当てはまってしまっていることである。

 漫才なら,綺麗なボケである。

 「それ,お前のことじゃん!」とツッコミを入れたくなってしまう。

 自分以外の机を汚い,汚い,といって非難しているが,だれの目から見てもその人の机の上が最も汚い。

 そういうタイプの人は,職場に1人くらい生息しているのではないか。

 まともに相手にすることはできない。

 自分のことがわかっていない人間とは,議論もなにも成立しない。

 人の話に耳を貸さない(というより,自分がなりすましている「他人」以外,話しかけてくれる人がいない・・・ただ,今は話しかけていますよ)人間というのは,実はこの世で最も「孤独」な人なのだ。

 社会的な動物である人間にとって,最大の敵は「孤独」である。

 だから,自分自身を「敵」にして,相手があることにして非難しまくることで,「孤独」を紛らわさないと生きていけない。

 非難してくれる人がいるということで,「孤独感」は減退する。

 批判する,非難する=相手にしてくれているということだから。

 裸の王様状態のこの人が,変わるきっかけになり得る言葉は,

 「相手は,それほど熱心に非難してあげるほどの価値のある相手ですか?」

 汚い言葉を書いているときが,一番しっくりくる・・・・こんな可哀想な人は,滅多にいない。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 小学校による子どもの違い | トップページ | 注目を浴びたい子どもがすること »

教育」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

小中連携」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

生活指導」カテゴリの記事

レジリエンス」カテゴリの記事

教員採用試験」カテゴリの記事

リスクマネジメント」カテゴリの記事

指導主事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ブログ上での非難と告白:

« 小学校による子どもの違い | トップページ | 注目を浴びたい子どもがすること »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より