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学校における非常識空間の多層化

 大阪府の中学校教師による窃盗事件。

 窃盗という犯罪行為によって,失った退職金はいくらくらいだろう?などと考えた人もいるだろうが,

 世間の常識から言うと,さらに2つのことの「異常性」に気づく。

 一つは,鍵のかからない机の中に,21万円という自分のものではないお金を入れておくという神経。

 もう一つは,それが部活動にかかわるお金だということ。

 公立小中学校では,校内予算などたかが知れている。

 研修などの出張にあてる教員の旅費なども,一人当たり何万円もあるわけではない。

 子どもからどういう部活動がどういう理由でいくら集めているか,管理職が把握していない学校も多いだろう。

 以前にも書いたが,私の甥っ子は野球少年で,中学校でも野球部に入りたかったが,遠征が多く,交通費が年間○十万かかると聞いて,入部を断念してしまった。

 中学校の教師が「私的」に集め,保管している金額の合計はいったいいくらになるのだろう?

 「金鉱脈」が職員室にあることを知っている教師の犯行に同情する気はないが。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より