ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« ポジティヴシンキングもほどほどに | トップページ | 「棚上げ人間」の増加問題と対策 »

小中学校・新学習指導要領に示された,吐き気を催す教科目標の冒頭部分・・・「~な見方・考え方を働かせ」

 新学習指導要領の改正案が公開され,3月15日まで,パブリック・コメントが募集されている。

 ほとんどの人が首をかしげるであろう問題は,すべての教科の目標の冒頭部分に登場する,

 「~な(~の)見方・考え方を働かせ」という文言である。

 私の場合は,これを読んで,吐き気を覚えた。

 「バカの一つ覚え」という言葉がぴったりである。

 言語にしろ,数学にしろ,音楽にしろ,まず,何をしないと始まらないかを考えてみてほしい。

 本当に「見方・考え方」を働かせることができるようになるためには,

 何が必要とされるのかを,言葉が通じない外国人に説明するところから始めて見てほしい。

 ずーっと「見方・考え方」の整理をしながら検討を続けていた人たちには,よく理解できないことかもしれない。

 「~な(~の)」の部分にあてはまるものには,実は無限に近いものがあり,適切な見方・考え方を適切な場面で働かせることができるようになるには,ある見方・考え方しか働かせられないような場面を繰り返していても絶対に無理なのである。

 新しい学習指導要領が想定している「はっきりと身につけさせたい能力」があって,「それを身につけさせた気になる」ような指導をしてみたところで,「その場限りの意味」しかないことに気づけなかったのだろうか。

 マニュアルでアルバイトの従業員を縛る場合,従業員に課せたれた任務というのは極めて単純なものであり,「想定外」の問題はきっと正社員が対応することになる。

 ちょっと複雑な問題に直面して,その正社員ですら,「こんなことを解決する能力は身につけさせられていない」といって職場放棄するような事態を招かないようにするための教育だとは思えない。

 単純化が好きな人たちが寄せ集められたことで,「教科」が持っていた意義が解体されてしまった印象が強い。

 目標がおかしなものになって,教科指導が機能するわけがない。

 学習指導要領よりも先に,その解説を公開すべきである。

 解説を読むことで,もともとの学習指導要領の問題が明確になるはずである。

 こんな話をしても,通じそうにないのが歯がゆくて仕方がない。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ 

« ポジティヴシンキングもほどほどに | トップページ | 「棚上げ人間」の増加問題と対策 »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

学習指導要領」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

アクティブ・ラーニング」カテゴリの記事

教員採用試験」カテゴリの記事

指導主事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« ポジティヴシンキングもほどほどに | トップページ | 「棚上げ人間」の増加問題と対策 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より