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日本人は多文化共生に耐えられない?

 日本人は多文化共生に耐えられない・・・

 ある東大名誉教授の社会学者が新聞で展開していた主張である。

 ツイッターなどで,「信じられない」という反応が多く寄せられているらしい。

 「仲間を後ろから槍で突きさすような発言」という趣旨の言葉もあった。

 人口減少社会に「移民」という切り札を使うことは,不可能だ,という理解があるようだ。

 反論の理由として挙げられている,多文化共生で生きている人々が実際にいる,そういう地域がある,ということをご存じないはずはない。

 努力している人々の足を引っ張るタイプのガクシャは少なくはないだろう。

 教育の世界では,優秀な教師たちを「見下す」ための「理念」を吹聴し,「等しく貧しい学力をつける」ことに専念させようとしているセンセイとその「同志」もいる。

 「平等に貧しくなろう」

 こういう考え方にすがらないと生きていけないほど日本が落ちぶれる前に,何とかしたいと思っているのは,私だけではないと信じたい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より