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「棚上げ人間」の増加問題と対策

 自分のことを棚上げして,平気で他人を批判したり,自分の考えを他人に押しつけようとしたりする人間が増えている。

 ニュースによく登場する指導者もそうだし,今一番気になっているのは,道徳の内容をすべて扱えとしている指導要領案を出してパブリック・コメントを募集している文部科学省である。

 研修を命じている文部科学省が,不正を誤魔化す原稿まで相手に渡して口裏合わせをするような状態なのだから,イヤイヤやらされている側の意欲など,なくなって当然だろう。

 道徳の授業があるから,いじめが起き,自殺者も出てしまうという,とてもわかりやすい問題が中学校で起こっていることを信じようとしない人ばかりなのだろう。

 何でも教師の言いなりになりやすい小学生に対する道徳の授業がかろうじて成立したとしても,中学生になった子どもがどういう感想を述べているか,知らない教師が多いのではないか。

 「やらないといけないからやる」という道徳が,いかに時間の無駄になっているかという「見方・考え方」を持ち合わせていないのが問題なのである。

 ルールを守らない大人,人権を侵害する大人,組織に貢献できない大人を目の当たりにさせられた子どもたちは,本当に気の毒である。

 さて,教育ブログには,昔から,同じようなことばかり繰り返し書き,「頭がおかしい」とか「狂っている」とかいう品のない言葉で,他人を罵倒することに生きがいを感じている御仁がおられる。

 自分に対する批判への耐性が低く,論理で勝てないとなると必ず登場するのが「頭」の話である。

 明らかにぶろぐ村の利用規約には反しているのだが,こういう記事を喜んで見る方が多いのも,ネットならではの特殊な世界である。

 ブログのタイトルを変更し,せっかくお行儀のよい人間を装っていたのに,本性丸出しで例の調子が復活し,本人が何も変わっていないことを証明する様子を,喜々として傍観している人たちがいることが気の毒でならない。
 
 「教育論・教育問題」のカテゴリーは,何のために存在するのか。

 個人攻撃をすることではなく,勘違いしている個人の発言の悪影響を最小限に食い止めたり,より適切な方向性を探求できるヒントを提示したりすることで,注目を集めるべきカテゴリーなのではないか。

 生物多様性はとても大切にしなければならないものである。

 多様性の価値をお互いに認め合えるような発言こそが重要であり,

 「同志」だのなんだといって「敵」を意識させ,一元化を目指すような発言は批判されるべき場である。

 「一人も見捨てない」という極端な要求を子どもに強いることが,どれだけの負担になるか。

 その最も重要な理由には,飛び込み授業などを何千回やっても気づけない。

 こういう私のコメントに対して,

 「おいおい,お前の教育はどうなっているんだ」というのが,正しいツッコミ方だろう。

 ずるい答え方をすると,過去の4261件の記事を読んでいただければ,少しはわかっていただけるのではないでしょうか?となる。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より