中学校社会科の新学習指導要領案を考える―その1 地理的分野の目標(2)
では,2月14日に公開された甘くない贈り物の分析を真面目にしていきたい。
まずは社会の地理的分野の目標(2)の内容から。
ポイントは太字の部分。
>地理に関わる事象の意味や意義,特色や相互の関連を,位置や分布,場所,人間と自然環境との相互依存関係,空間的相互依存作用,地域などに着目して,多面的・多角的に考察したり,地理的な課題の解決に向けて公正に選択・判断したりする力,思考・判断したことを説明したり,それらを基に議論したりする力を養う。
地理の専門家でなければ,「空間」と「場所」と「地域」の違いを説明できない。
文部科学省は,13歳と14歳の子どもたちに,地理学の中心的概念を習得させる教育をさせたいようだ。
1 位置や分布(「位置と分布」にしなかったのは,何か意味があるのだろうか)
2 場所
3 人間と自然環境との相互依存関係
4 空間的相互依存作用
5 地域
この5つは,国際地理学連合の地理教育委員会が1992年に出した「地理教育国際憲章」から引用されたものである。
英文の「地理教育国際憲章」をIGUのホームページからダウンロードして読んだところ,いくつか気になった点があった。
Some of the central concepts of geographical studies として挙げられているのが上の5つだが,英語では,次のように表現される。
1 Location and distribution
2 Place
3 People-Environment Relationships
4 Spatial Interaction
5 Region
お気づきになると思うが,日本語訳が気になるのは,
「Relationship」が「相互依存関係」,「Spatial Interaction」が「空間的相互依存作用」になっていることである。
中山修一さんという地理教育委員会委員の翻訳が,公式文書として扱われているので仕方がないかもしれないが,「相互依存関係」は「相互の関係のうちの主なもの」とは言えるだろうが,依存関係以外の関係もある。「影響を及ぼし合う」ことを「依存」と呼ぶのが地理の世界なのだろうか。
「インタラクティブ」という言葉が「双方向の」とか「対話的な」いう意味で少しずつ日本語化していることもあって,「インタラクション」を相互依存作用と訳するのは適切ではないと思われる。
学習指導要領で示す用語にするためには,地理学者に今一度,再考をしてもらった方がよいのではないか。
公式文書では,たとえば「地域」の部分で,
>Regions are dynamic in both space and time.
の1文が「地域は,空間的にも時間的にも躍動的なものである」と訳されているが,
dynamicという単語は,日本語の「ダイナミック」ほど大げさなものではなく,
日本語で「動態的」という表現が用いられていることを念頭に置いた方がよい。
現行の学習指導要領の解説では,日本の諸地域学習について,
>それぞれの地域の特色ある事象を中核として,それを他の事象と有機的に関連付けて,地域的特色を動態的にとらえさせることとした
と示している。
単なる地誌的知識の習得に陥らないように,たとえば産業を中核とした考察では,
>地域に果たす産業の役割やその動向は他の事象との関連で変化するものであることなどについて考える
学習ですでに行われている(はずである)。
「相互依存関係」とか「相互依存作用」という言い方を使うと,誤解を招くというよりは,多面的・多角的な考察ができなくなるおそれがあると考えられる・・・というのが,第1点目の指摘である。
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