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「Don’t be Evil」の方が,「Do the Right Thing」より良い

 「正しい行為」の「正しさ」を認める人はだれか。

 見る位置を変えるだけで,「正しい」ことがすぐに「誤り」だったことに気づけてしまう,そんな軽い「正しさ」で人間はいつも傲慢な行動をとり続けている。

 自分にとって利益があることが「正しい」ことだ,という人間が国のトップに立つと,人々にとっては非常に迷惑である。

 「行動することがすべて」という文化のもとでは,「自分は正しい」ということを常に自分に言い聞かせて行動するので,「正しさ」の基準はいい加減なものになってしまう。

 一方の,「邪悪な行為」の「邪悪さ」は,だれにとっても非常に分かりやすい。

 程度の差があるから,たいていは,「この程度の邪悪さなら,許し得もらえるかも」という期待を込めて,遠慮がちに行動する・・・こういう文化の方が私は好きである。

 人間はそもそも邪悪な存在だ,という前提に立つと,

 「自分は正しいことをしている」と確信している人間とは怖くて付き合いにくいのが実感できる。

 ところが,人間の邪悪さに気づけない人たちは,

 「自分は正しい」という信念が強い人に,多くを委ねきってしまう。

 さて,入国管理の次の「邪悪なこと」とは何だろう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より