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直葬・0葬 VS 永遠葬

 中学生の担任である私が明日もし死亡し,葬儀は行わない,としたらどのようなことになるだろう。
 
 死んでも悲しんでもらえないのはつらい,という話ではない。

 日経電子版で読んだコラムには,今,日本では,通夜も告別式も行わずに遺体を火葬場に直行させ焼却する「直葬」が増えており,それをさらに進め,遺体を焼いた後,遺灰を持ち帰らず捨てる「0葬」を勧める人がいることが紹介されていた。

 宗教教育をしてはならない日本で,葬儀をめぐる議論を教育の場でさせることは難しいかもしれない。

 ただ,「生命の尊さ」「人間の尊厳」などの道徳的価値を理解させるためには,素通りできない話題である。

 「葬儀」の場合には,「儀式」の意義を考えさせることもできる。

 「形式」があるものを,単に「形式的だ」といって批判する人間を増やさないために,

 日本の教育では,「社会的事象」の「意味」や「意義」を考えさせる,という指導上の留意点がある。

 「入学式」や「卒業式」を,一定の流れに沿って,厳粛に行うことの意味と,

 「葬儀」を行うことの意味の共通点と相違点を考えさせる授業を実践すると,子どもたちにどのような思いが芽生えるだろうか。

 物心ついてから初めて親族や関係者の葬儀に参列した子どもはどのような思いをもつだろう。

 私の娘は,いつも可愛がってくれた祖父が亡くなり,火葬になる前に,

 「どうして焼いちゃうの」と泣いていた。

 こういう場を経験できない子どもが増えていくことが,今後予想される。

 日本に限らないかもしれないが,「節目」を大切にし,「区切り」を通過することによって,

 新しい何かを生み出し続けるとともに,永く変わらない何かを創り出すことの意味を,

 教員ですらわかっていないものがいる。

 学習指導要領を読んでいないから,わかっていないのだ,という意味ではない。

 読んでもわからないだろう,と思われる教員がいるのである。

 教員ですらそうなのだから,社会に同じような人々が増えていくのも当然かもしれない。

 できたら私のときは,葬儀を行ってもらい,「区切れ目」としてほしいものである。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より